2019年1月7日月曜日

働き盛り30代前半

34歳になったワシは平成11年(1999)7月からNTT東日本の法人営業部門の営業マンとして奮闘しました。引き続きお客様は外食のすかい○ーく様や日本リース様等です。分割で出来る営業と成長性のあるグローバル企業はNTTコミュニケーションに移行されましたが、仕事は充実してました。すかい○ーく様の店舗にはTAがYAMAHAのルータに代わりRT80iが1000台近く導入されました。日本リース様へは当時流行ってた統合配線システムが導入されました。そんなころ群馬支店からH8年入社のこの男が転勤してきました!
藤○大ちゃんです。どうですか?この毛髪。そしてかわいい!これは組合のレクレーションでキャンプに行ったときの写真です。ワシのドーターが抱っこしてる大ちゃんの長女も4月から大学生です。
今はこんな感じ。こんな長いお付き合いになるとは思いませんでした。大ちゃんの話はこのぐらいにしておきますね。このころ一番の仕事はすかい○ーく様がルームサービス(宅配サービス)の実験を行っており、いよいよ全店展開を始めることになり、店舗のバックヤードにテレフォンセンターを構築することになりました。まずは山形はかみのやま温泉、群馬は桐生、岐阜は羽島、大阪は池田、福岡はどこだったかな~、そして東京は三鷹本部の応接室、計6ヶ所に10~20席程度のテレフォンセンターを構築しました。宅配ピザ向けのCTIパッケージソフトを使った簡易なシステムでした。とにかく手作り感満載です。売り上げも好調で、あっという間にシステムに限界がきてしまい、本格的なCTIコールセンターシステムを東京、大阪に構築することになりました。新システムの目玉はテレフォンセンター受付けた注文をFAXで店舗に送信してましたが、プッシュ配信で店舗のパソコンに自動配信されます。他にもIT技術を駆使したたくさん便利機能が搭載されました。でもいいことばかりではなく注文が殺到する土日や雨の日のディナータイムにはセンターのシスコのルータがパンクして注文の配信が出来なくなることが多発しました。お客様には大きな機会損失を与えてしまいましたが、SEやベンダーさんが一生懸命対応した結果、トラブルも収束しお客様との信頼関係は更に深まっていきました。そしてこのシステムは今でも何度もの更改を行い稼動してます。こんな感じでいろいろな業務が、どんどんシステム化が促進されITバブルが始まるのでした。

つづく

1 件のコメント:

  1. だいさんのビフォーアフターが凄い。
    AGAで、変身してほしい

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ノートルダム寺院

 昨年9月行ってきました。  パリで初めに訪れた場所が火災になるとは… 早速、再建に向けてたくさんの寄付が集まってるみたいです。日本人は寄付をあまり進んでしないそうです。  これも歴史として語られていくのでしょう。