2018年12月3日月曜日

<恋愛編>平成リーマン奮闘期

これは大学3年生のとき友人とグアムに行ったときの写真
バブルでしょ!?広島から東京の大学に来て一緒によく遊んでた。
左から現地ガイドさん、ワシ(ぽっちゃり)、有名ジュエリー会社財務部長のかずさん、
現在M島水族館に出向中の克っちゃん。よく遊んだよな~
彼らとも一緒に遊ぶ彼女がいました。大学一年生からお付き合いした。
彼女は現役で短大に入学してたので一年遅れで東京で再会。そしてお付き合いが始まった。彼女は卒業して広島で就職したから、東京では一年間ほんとうに青春して、その後は休みになるとすぐ帰省してました。きっとこのまま結婚するんだろうな~って勝手に思ってました。
平成元年4月末の木曜日、中国総支社の経理部幹部2名が浜田にいらっしゃいました。
当時はこのようなときは夜は上局の方々と懇親会が開催されてました。
そこにワシら新入社員3名は宴に呼ばれ調子者のワシは日大節を披露し上機嫌です。
宴も終わり寮に帰り初めてのGWの予定を確認する電話を寮のただ電(いまはないよ)から彼女にウキウキ気分でしました。
すると予想だもしない返事が受話器から聞こえたのです。
「もう会えなの・・・」「もう会えないの・・・」の繰り返しだったのです。
当時はまだピュアなワシは頭が真っ白になったわけで「どうして?」「なんで?」となり
真相を確かめたく、深夜車を運転して広島までぶっ飛んでいきました。
みなさんお分かりですようね?ワシを飲酒運転をしてしまったのです。
もちろんそのような状況なので次の日の金曜日の業務はできず、会社の休憩室のコタツの中でただただ泣いてました。(なんて初々しいことでしょう)
そのときの総務部長やさしかったな~
「どんなことがあっても酒を飲んで車を運転してはダメだぞ!」っと諭してくれました。
それからは何とか業務(現場研修)をこなし日々をおくりましたが、失恋の傷は深く食欲は無く、なんと体重が10kg近く減ってしまったのです。それからはこの体重をキープすることを心がけました。そしてその後も往生際が悪いワシに付き合って彼女は会ってくれてましたが、関係は修復されることはなかったです。でも彼女には感謝してます。
ワシは寂しさを忘れるためにとにかく営業に没頭しました。当時民営化直後の会社は端末の販売が自由化されレンタルのピンク電話を新品の電話機(10万円)に機種変更していただく営業が真っ盛りでした。そしてワシもそのプロジェクトに参加して漁師町浜田で一ヶ月で10台販売するという好成績を収めた。しかしこの営業努力はある目的の前哨戦だったのです。

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